大学図書館の名刺のおかげか、海士町ではいろんな方とお話が出来ました。なかでも中央図書館の館長さんからは親しくお話を聞かせていただきましたが、ご自身がこの島でされていることについて、とても自信を持っておられる様子でした。この島でお話を聞く方が、みなさん、こんなふうに自己肯定感に包まれているのです。本当にすごい島だと思いました。
館長さんのお話の中で、その時は「意外だなぁ」と思ったのが「サードプレイスとしての図書館」という考え方でした。いま私が考えている Cafe & Library なんかは、もしかしたらその考えの延長にあるのかもしれません。あるいは、私自身が館長さんの掌の上で藻掻いているだけで、もし私がこの島に移住して、この館長さんの手に掛かれば、あっという間に Cafe & Library が出来てしまう。出来上がった Cafe & Library は、館長さんが考える「サードプレイスとしての図書館」なのかもしれません。
その話をする前に「課題解決型図書館」の話を聞いてください。
もともとは文部科学省が2005年にまとめた「地域の情報ハブとしての図書館(課題解決型の図書館を目指して)」という文書があって、その中に、図書館が「地域課題の解決支援」を積極的に担っていくことが謳われていて、具体例として「ビジネス支援」「行政情報提供」「医療関連情報提供」「法務関連情報提供」「学校教育支援(子育て支援含む)」「地域情報提供・地域文化発信」などといった機能を図書館が担うべきだ、と言っているのです。例えば、カフェを開業したいと思っている人が図書館に行って「起業・創業支援に関連する法律、会計、税務、特許等の制度を解説した資料の提供」や「起業・創業に関連する補助金・助成金の手続や関連行政窓口の案内及び申し込み手続資料の提供」といったサービスが受けられるようにする、というものです。
なんだか難しい単語ばっかりですね。漢字ばっかりだし。役所の文書なので仕方がありません。とても大事な国の方針を決めようという文書なのですから。
それまでの図書館は、「一般公衆の…教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資する」(図書館法第2条)といった抽象的な役割しか与えられていませんでした。だから、文部科学省のこんな文書を読んで「これからはもっと積極的に利用者の課題解決にアプローチしていかなくては」と考える図書館員もたくさんいたと思います。それが図書館のひとつの流れになっていました。以前の記事で紹介した埜納タオさんのマンガ『夜明けの図書館』に描かれる図書館員も、この流れの中にあるといっていいでしょう。主人公の司書は、図書館を訪れる利用者の様々な問題を解決していきます。図書館員が利用者の役に立つ職業として、図書館が社会の役に立つ施設として描かれています。当時は私も図書館員でしたから、自分がしていることが誰かの役に立つということを必死にアピールしようとしていました。
でも、それは、商品経済の中で、労働力という商品である自分自身の価値を高めるための課題であったり、消費者としてより活発な消費活動をするための課題であったり、商品経済のプレーヤーとしてより優れたパフォーマンスができるようになるための課題であったり、どこかでカネ勘定につながっている課題の解決が大半を占めているように思うのです。そのときはそんなふうには思わなかったのですが、図書館を商品経済の中に組み込んでいく流れだったのかもしれません。
館長さんはその先を行っておられた。というか、島全体がその先を行っているのかもしれません。そのときはピンとこなかったのですが、いまになってやっと館長さんの背中が見えてきた思いです。
フェリーが着く港の近くに「研修交流センター」という、島の高校生がよく使う施設があって、そこも図書館の分館になっていました。高校のオープンスクールの日は、大勢の中学生が先輩高校生の話を眼を輝かせて聞いていた施設です。中学生たちが帰ったあとここを見学させてもらいました。そのあと、そこにおられた学校関係者の方(2024/4/6の記事で紹介した『未来を変えた島の学校』の著者のお一人)にご案内いただいて、高校の寮にある分館も見学させていただきました。その時は寮生のひとりがアテンドをしてくれたのですが、その彼が、自分たちはやりたいことがいっぱいあって本を読む時間が惜しい、というようなことを言ったうえで推薦本を尋ねてきたのです。さあここは図書館員の腕の見せ所、と気負ったのはいいのですが、うまく本が推薦できません。この時の経験には、島から帰った後も悶々とさせられました。自分の図書館員としての力のなさを突き付けられた思いでした。
でもいまなら大丈夫です。本を読む時間が惜しいという彼に本を推薦する必要はありません。彼は、読書を通じた間接的な経験ではなく、実際のリアルな経験で満たされているのです。本を通じた著者とのコミュニケーションではなく、彼の周りにいる仲間や彼を支えてくれるいろんな方とのコミュニケーションで満たされているのです。本を必要としていない人に本が必要になるように仕向けることは、少なくとも私の役割ではありません。水を必要としない人に無理に水を勧めるのではなく、水が必要になったときにいつでも飲めるようにしておく。図書館の役割はそういうものかもしれません。リアルな世界でのコミュニケーションに疲れたときのセーフティーネットとしての図書館。それが、館長が仰る「サードプレイスとしての図書館」ではないかと思うのです。それは、何か具体的な課題に対して解決策を提示するような、本に喩えれば、読めば答えが書かれている実用書のような、そんな施設ではありません。けれど、人が人として存在していくために必要な施設なんだと思うのです。
Cafe & Library は、複雑化した現代社会のコミュニケーションからいったん解放される空間を提供するというコンセプトを持っています。一見、何の課題も解決してくれていないように見える図書館なんだけれど、実は、現代社会が抱えるとても深刻な問題の解決に取り組んでいる。利用する人が、労働力という商品としてではなく、人として存在することが出来る時間と空間を提供する。Cafe & Library の私設図書館としての側面は、そういうものなんだろうと思います。
瀬尾まいこ. 2009. 『図書館の神様』. 筑摩書房.
海士町の高校の近くには、おそらく新進の建築士が設計したと思われる斬新なデザインのホテルがあって、そこにも図書館の分館があります。ホテルの方に聞くと、ときどき高校生がやってきて静かに本を読んでいるとか。島に向かうフェリーの中から、彼らのバイタリティーには圧倒され続けてきましたが、彼らも人間ですから、ときには疲れて休息を必要としているのかもしれません。
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