きのうの記事で、同時並行で進めていることのうちひとつも完成まで辿り着いていないことに気を揉んでいる、ということを申し上げたのですが、ときどき、そんなことがきっかけで深い不安に陥ってしまったり、なんだかわけのわからない憤りを感じたりすることがあります。こういうのは誰にでも普通にあることなのでしょうけど、もしかすると私が持って生まれた「性(さが)」なのかも知れません。
今日は照明器具を何とかしようと京都まで行きました。ネット通販でアンティークなランプシェードを購入したのですが、これに合うソケットが、ホームセンターにも家電量販店にもないので、ここならあるだろうと思ったのです。お店の人に聞いてみると、ソケットにシェードを固定する方法は主に2種類あって、この店で扱っているのはシェードの上の部分をネジ3本で外側から固定するタイプが中心。通販で買ったものはシェードに空いた穴をソケットに通して下からネジを締めて支えるタイプ。このタイプのソケットもないことはないのですが、結構なお値段で、種類も限られています。買ってもよかったかもしれませんが、いまひとつ納得感がなくて、無駄足になることを承知のうえで買うのを断念しました。まあしかし、固定する方法が2種類だということがわかっただけでも、探しやすくなります。
そんなことを考えながら藤ノ木の家に帰ってネット検索。しかし、もうすでにさんざん検索はしているので、気に入ったものが見つかるはずもありません。ふと室内を見ると机の脚が放置されています。通販サイトに掲載されていたものとは別の製品で、かつ2本セットを4点買っているのに4本しか届かず、それもおそらく輸送中の衝撃で凹んでしまって使い物にならない机の脚が、捨てるに捨てられず置かれています。そもそもこいつから運気が下がっていったようで忌々しく思えてきます。
いかん。またネガティヴな方に気持ちが向いている。
気を取り直して、きょうは机のことは考えず、照明のことだけを考えることにしました。ホームセンターに行けば電灯は売っています。いっけん昔の白熱灯みたいな形ですが、中身はLEDライト。昔のフィラメントと違って、ガラスの中を真空にする必要はないはずなので、加工がしやすいのでしょう。いろんな形状のものが売られています。ソケットがないとどうしようもないのですが、とりあえず電球だけでも買っておこう、とそのホームセンターに向けてお出掛け。その途中で「もしかしてあそこにあるかも」と行ったのが、雑貨屋さんというか、雑貨も扱っている家具屋さんというか、ガーデニング用品、什器、カーテン、食器、衣服、小物など、いろんなものを扱っているお店。量販店にはない独特の趣向が凝らされているものばかりを扱う店なのですが、ちょっとそこも見てみようと寄り道をしたのです。そしたら、以前は気が付かなかったのですが、店の照明はすべて売り物。ひとつひとつ形状が違っていて、シェード、ソケット、電球それぞれに値札が付いているではないですか。
ああ、これだ。
価格もリーズナブル。電球もいろんな種類のものがあり、ホームセンターよりも豊富なラインナップ。もう目移りするぐらいです。店員さんの対応も丁寧。やっと巡り会えたような思いです。というか、前からその店は知っていましたし、つい最近は椅子を選びに行ってもいました。そのときに照明のことも考えていれば、こんなに思い悩むこともなかったのです。ひとりでやることには、こういう回り道がいっぱいあります。
結局ホームセンターには行かず、その店で店員さんのアドバイスを聞きながら、ソケットと電球を購入。実際に取り付けてみると、これがことのほか良くて、さっきまでのネガティヴな気持ちが一気にアゲアゲモードになりました。
本の庵は「脱・コミュニケーション」を掲げていますが、この店員さんのような誠実な方と巡り合えると、とてもいい気持ちになれます。コミュニケーションのすべてを否定するわけではなくて、自分もこういう良質なコミュニケーションを提供して、来館される方にポジティヴな気持ちになっていただけるといいなと思います。