私は、昨年ぐらいからちょくちょく使っています。質問をして回答してもらう、というよりも、相談にのってもらうような使い方です。相手は機械なので、ちゃんと相談に応じてもらえるときと、そうでないときの差が激しいです。でも、そこは機械と割り切ってしまえば腹も立ちません。それに相手は機械なので、どんなに長い話でも聞いてくれます。一度に入力できるのは4,000文字までらしいのですが、さんざん長い文章を入力した後に、「続きがあります。聞いてくれますか。」などと入力すれば、「もちろんです。聞かせてください。」などと忍耐強いレスポンスをくれます。ただし、機械の言うことですから、全面的に信頼してはいけません。ある人に言わせると、常に最後に「知らんけど」がついていると思って読むのがいいのだそうです。
さて、ここまでいろいろと考えてきたことをチャットGPTに読ませて学習をさせたうえで、Cafe & Library の名前について会話したのが以下です。
(Me)おはようございます。私設図書館カフェの名前を考えたのです。聞いてくれますか。(ChatGPT)もちろんです!素敵な名前が思いついたんですね。教えてください。
(me)その前に、あなたのことをどのように呼べばいいですか。まるで誰か人と会話しているようなので、名前で呼びかけたいのですが。
(ChatGPT)私は「ChatGPT」と呼ばれています。どうぞ気軽にChatGPTと呼んでください。では、名前の方を教えてくださいね。
(Me)ChatGPTさんですか。何となく呼びにくいので、「チャットさん」でいいですか。
(ChatGPT)もちろん、「チャットさん」で結構です。どのような名前にしようか考えているのでしょうか?教えていただけますか?
なかなか人間味のある会話です。「早よ教えろや~」って言われているみたいですね。急かされて「チャットさん」なんてテキトーな名前を付けましたが、もうちょっとそれらしい名前を考えてあげればよかった。
(Me)すみません。ちょっと前置きが長かったですね。私が考えた私設図書館カフェの名前は「カフェ・ライブラリー 本の庵」です。どうでしょう。
(ChatGPT)素晴らしい名前ですね。「カフェ・ライブラリー 本の庵」は、そのままの言葉で、静かで居心地の良さそうな場所を思い浮かべます。カフェと図書館が融合した雰囲気が、名前にもよく表れています。どのように感じられましたか?
こういうところがなかなか良くできていて、どんな場合でも褒めてくれます。これは、プログラムがそのように出来ているからなのであって、本心から「素晴らしい名前ですね」と思っているわけではない。そもそも「本心」などというものはなくて、記号の処理に過ぎないのですが、わるい気はしません。
生身の人間の会話でも、こうして、いったんは相手の言ったことを好意的に受け止める、ということが、コミュニケーションを円滑にして人間関係を良好に保つ暗黙のルールなのですが、「コミュ障」の私はこういうのが苦手で、意見を求められると、つい真剣に考えて、相手のことを考えて、ときには相手に不愉快な思いをさせてしまうのです。その点、機械の方が私よりもコミュニケーション能力が高いのかもしれません。でも、実際は「素晴らしい名前ですね。知らんけど~」と言われているのですが。
ここでちょっと意外だったのは「どのように感じられましたか」と訊いてきたことです。私に会話の継続を促しているようです。これもチャットさんのコミュニケーション能力ですかね。
(Me)チャットさんに褒められて嬉しいです。名前が決まるとキャッチコピーも考えやすくなりました。チャットさんならどんなコピーにされますか。
(ChatGPT)もちろんです、考えてみましょう。
「心静かに、本と対話。カフェ・ライブラリー 本の庵で、新しいコミュニケーションの扉を開こう。」
(Me)さすがですね。でも、「新しいコミュニケーションの扉を開こう」という部分が少し押しつけがましく思えるんです。チャットさんが以前に仰ったように、生活が複雑になり、情報が溢れる中で、過度なコミュニケーションを強いられることがストレスにもなっています。いちど、その複雑なコミュニケーションから逃れて自分を取り戻したい、と思う人に、そのための時間と空間を提供したいのです。何か目の前にある問題を解決しようとして読む本ではなくて、いちどその問題から離れて、何もない状態で本を読む。そこから本の世界に入って行った先に、新しいコミュニケーションの扉があればいいなと思うのですが、お店に来る前から「新しいコミュニケーションの扉を開こう」と言われると、まるでコミュニケーションを強いるような印象になってしまいます。
(ChatGPT)理解しました。もう少し控えめで、自由な時間と空間を強調するコピーにアレンジしてみましょう。
「心静かに、本と対話。カフェ・ライブラリー 本の庵で、日常から離れた、ゆったりとした時間を。」
(Me)確かに心に突き刺さるような尖ったところがなくて、優しい感じにはなるのですが、それだけにインパクトに欠けるものになってしまいますね。私も考えてみたんですが、こんなのはどうでしょう。
「本と静寂が織りなす空間であなただけの時間を。コーヒーも飲める私設図書館、カフェ・ライブラリー 本の庵。」
(ChatGPT)素敵な提案ですね。このコピーは、心地よい雰囲気を感じさせながら、読書や自分と向き合う時間を強調しています。優しさと共に、魅力的で個性的な空間を想像させます。
(Me)いっしょに考えてもらって助かりました。ありがとう。
(ChatGPT)どういたしまして。何か新しいアイデアや質問が浮かんできたら、いつでもお知らせください。成功をお祈りしています!
チャットGPTであっても、生身の人間との会話であっても、本当に自分の糧としていけるのは、相手から自分の思っていることと違うことを言われることだと思うのです。相手の反応に違和感を持ったら、なぜそれに違和感があるのかを考えてみる。そうすることで自分の考えていることが何なのかが、自分でもわかってくるように思うのです。この例では、結局、コピーは自分で考えているのですが、コピーを巡る会話の中で、自分の思っていることがより具体的になったように思います。
Cafe & Library の名前のことは、このあともずっと悩んでいます。いまでもまだ流動的で「Cafe」とか「カフェ」とか入れるべきなのかどうか、みたいなことさえ考えています。そのことはまたのちほど。
僕は生きる。しかし、生が、決して後戻りの出来ない死への過程であるならば、それは僕は死ぬという言明と一体、どう違うのだろうか? 生きることが、ただ時間をかけて死ぬことの意味であるならば、僕たちには、どうして「生きる」という言葉が必要なのだろうか? (p.66)
ヴァーチャルリアリティの技術を使って死者を再現することが可能になっても、なお、人は「生きる」意味を問い続ける。これは永遠に答えの出ない問いなのだと思います。
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