2024/03/12

おカネで買えない時間と場所

 彼岸の図書館に迎え入れられた私は、いつもの癖で、まず書架を見て、どんな本がどんな順に並べられているのかを観察しはじめました。私の場合、通勤時間が主な読書時間ですので、話題になっている小説も文庫化されるのを待つことが多いですし、大学の先生方が書かれるような本も新書で読むことが多いので、必然的に教養書だとか入門書のレベルのものが多くなります。しかし彼岸の図書館は、本を読むことがとても好きな人の書架なんだということがすぐに分かりました。奥付を確認したわけではありませんが、小説などは初版本の初刷みたいなこだわりを感じますし、重厚な装丁の学術書然とした大部なものもたくさんあって、運営されている方の知性や教養が書架から滲み出ています。これだけ本を読まれるなら、本を読む速さに本を収集する速さが追いつかないかもしれません。古書店で購入したような本もあるようです。購入代金の節約のためなのか、あるいはどうしても興味があって読みたいのだけれど、すでに絶版となっていて古書店でしか手に入らなかったものなのか、たまたま立ち寄った古書店でどうしても読みたくなった本なのか、そんな事情は分かりませんが、古い本も結構多いように思えます。冊数はおそらく私の持っている本の10倍ぐらいはあると思います。文庫は文庫ばかり、新書は新書ばかり集められているのですが、それだけでも私の持っている本の総数を超えているでしょう。一般的に図書館によくある全集ものだとかマニアックな事典や辞書などはあまりないのですが、「ここは図書館です」といって恥ずかしくないだけコンテンツが並べられています。これと比べれば、私の作ろうとしている Cafe & Library なんて「図書館ごっこ」に過ぎません。

 「来館者」も多く、私が付いたときには3人の方がすでにおられました。その後そこに滞在していた2時間ほどの間に入れ替わりがあって、いちばん多いときで5人ぐらいだったでしょうか。商店街の中にあるわけではありませんので、おそらくどの方も、なにかの「ついで」に来られたわけではなくて「わざわざ」来られた方に違いありません。

 この図書館のことについて書かれている本の著者、つまりこの図書館の司書さんは、庭に面した閲覧室らしい部屋から襖と壁で隔てられた、おそらく「書庫」という位置づけの部屋の片隅で、黙々と作業をされていました。私は衷心から、その方を羨ましく思いました。「いいなぁ」と思いました。そして「ここに来て良かった」と思いました。この人は、確実に、その存在が認められ必要とされている。対価を支払ってサービスを提供してくれる人としてではなく、この場所と時間を提供してくれる唯一無二の存在として必要とされているのだと思いました。それは、今自分が生きている世界とは対極的な世界で、自分が足を踏み出したいと思っている世界のように思えました。

 この人と話がしてみたい。

 どんな思いでここに移住されてきたのか。どんな思いでご自宅を開いて図書館にされているのか。前日からいろいろなカフェを見て自分が感じているモヤモヤの理由を、この人は知っているかもしれない。この人と話すことで、何かヒントが得られるかもしれない。

 そうは思うのですが、気の利いた話題もありません。と、そのとき、他の書架とは毛色の違う書架を見つけました。どうやら、いま目の前にいるその人の著書が並べられているようです。同じ本が何冊もあるので、多分、ここで売ってもらえるのでしょう。あっ、この本をあそこへ持って行って「買いたい」と言えばお話ができる。私は、何種類かある本のうちの1冊を選んで司書さんのところへ持っていき、今朝ネットに投稿した者であることを告げ、サービスエリアで買った手土産を渡しながら、自分が今日ここに来るまでのいろいろな経緯を手短に話しました。定年後は自分の図書館を作りたくて、大勢の人に図書館に来てほしいと思ってカフェを開業しようと思い、そのための勉強をしようとしているのだけれど、その入口で迷いがあってここへ来た、みたいな話です。私が一方的に話すことを、司書さんは丁寧に聞いてくださって、「開業したら教えてくださいね」と励ましてくれました。やっぱり私が作りたいのはこんな場所なのです。

 本の代金を払い、読了したら感想を書きますね、と約束してその日は帰ったのですが、そのとき話せなかったことを書き留めておきたい、と思って始めたのがこのブログなのです。本の感想を書く前に、その本を読むまでのいきさつを書いていたら、本とまでは言わないまでも、ちいさな冊子になりそうなぐらいの文章になってしまいました。




青木海青子 著. 2023. 『不完全な司書. 晶文社.

水色の表紙カヴァーに惹かれて手に入れたこの本の中には、川の流れがありました。それも、優しい時間も激しい時間もすべて包み込んで静かに滔々と流れる大河のような川がありました。読了したら感想を送る約束だったのですが、言葉にしようとすると自分が感じたものとは違うものになってしまう。川の流れから水を汲み取っても、それが流れる水を代替できないような、そんな言葉のもどかしさを感じつつ、美しく流れる川をずっと見ていたい気持ちになる本でした。

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