2025/08/25

過労死と隣り合わせ

 何もないときに過労死や過労自殺の話を聞くと、なぜそこまで自分を追い込むのだろうと思ってしまいます。もちろん、追い込んでいるのは会社であって、死んだ人が自分自身を追い込んでいる訳ではないのですが、それでもなお、逃げ場はなかったのか、なぜ逃げなかったのかと、死んだ人にも責任の一端を負わせるような思いを抱くことは否定できません。けれど、この間の過酷な勤務を経験して、自分が過労死や過労自殺と隣り合わせの毎日を過ごしていると、その状況から「逃げ出す」ということがどれほど難しいのかを身をもって理解できます。「もうそこから逃げ出してもいいですよ」と言われてすぐに実行できるようなことではありません。

 ところで最近、過労死や過労自殺が深刻な社会問題となる中で、「働き方改革」という言葉がよく使われるようになりました。しかし、会社の本質が変わらない中で働き方を改革して労働条件を改善するというのは眉唾です。「働き方改革」という言葉には、「働き方」に問題があるのでそれを改革するという意味があります。けれど、問題なのは「働き方」ではなくて「働かせ方」なのです。

 私といっしょに厳しい勤務を強いられていた正社員は、もうこれ以上、仕事が入らないと上長に訴えました。上長は彼女の仕事の一部を別のチームの社員に振ろうとしました。しかし、彼女を追い詰めているのは、誰も彼女の仕事を理解していないことなのです。彼女は、会社都合で雇止めになる非正規雇用の人がやっている仕事を引き継ごうと必死になっています。辞めていく(というか会社の勝手な都合で雇止めになる)非正規雇用の人は、1年に1回しか発生しない仕事や不定期にしか発生しない仕事で、しかもルーティンが長くて複雑で、過去のノウハウも残されていないような仕事を抱えています。彼女は、その仕事をまずは自分が抱えて、それを新任の人に引き継ごうとしているのです。一方で、彼女から仕事を振られた社員は「やり方を言ってくれたらやりますよ」と言います。やり方を説明できるのであればこんな苦労はしません。結局、彼女の仕事の中でも比較的ルーティンが確立されている部分が別の社員に移され、しんどいところだけが彼女に残されました。非正規雇用の人から彼女に流れていたルーティンの流れは、非正規雇用の人から別の社員に変わりました。この社員がご多分に漏れず何もわかっていない社員で、回されてきた伝票に理不尽な注文を付けてばかり。たちまち非正規雇用の人から悲鳴が上がり、彼女はその対応をしなければならなくなります。挙句にその社員は、繁忙がいちばんピークになったところで「もうパンパンなのでこっちに流れてくるルーティンを止めてもらえませんか」などと言う始末。このままでは36協定で定められている上限を超えて残業しないといけなくなるというのです。「パンパン」のレベルが違う。なんと呑気なことをいっているのか。結局は、毎日10時、11時まで残業し、休日も闇出勤している正社員が、休日出勤を重ねてピークを乗り切ることになりました。これがこの会社の「働き方改革」の正体なのです。

 きのうの記事でも書きましたが、彼女は私の鏡。自分のこととなると、自分がいまどんな状況に置かれているのかが見えなくなりますが、彼女を通してみれば自分のことでもよく見えてきます。私も36協定の上限を超えた残業をして、休日に闇出勤をして法定休日も取れないような勤務をして、終バスにも乗れずに会社に泊まって、やっとそれでやらなければいけない仕事をこなしているのです。定年退職の前に有給休暇をまとめて取って、来年のこの繁忙期からは逃げ出そうというのは、それに対する細やかな抵抗。それじゃ来年、この修羅場をだれがどうやって乗り越えるのか。そんなことは知ったことではありません。どうしたところで乗り越えられるものではないのです。そして、どうせ誰も仕事がわかっていないから、仕事ができなくなったところで誰も気づかない。

 私の細やかな抵抗について、今年この修羅場をともに越えてきた彼女にだけは、自分が来年の今頃はいないことを話しておこうと思いました。話をしたとき、彼女はひどく動顚していました。来年のことまで考えている余裕はなかったと思いますし、来年も私といっしょにこの修羅場を乗り越えると、頭の片隅で思っていたのだと思います。けれどそれは叶わない。

 私の話を聞いた翌日、彼女から、会社を辞めるという決意を伝えられました。こんな会社の狭い世界の中で都合のいいように使われるのではなく、自分の将来のことを考えて、いろんな選択肢から自分の道を選んでいきたい。これは「逃げ出す」なのか「飛び出す」なのか。自分の誕生日に辞表を出して1か月後に辞めると決めた彼女には、まだ少し迷いがあるようでしたが、私は彼女の決断を受け止めて、彼女の背中を押していました。私の念頭には、青木海青子さんの次の言葉がありました。

私たちが「逃げた」ことは、現代社会はもういられない場所なんだよということを伝える主体的な行動だった(『手づくりのアジール』p.53)


2025/08/24

自分はポンコツ

 きのうの記事からの続きです。

 この会社に勤めて、闇残業で終バスを逃し会社に泊まらなければいけないようなことは何度かありました。でも、いままではそういう厳しい勤務実態と仕事のやりがいは表裏一体でした。闇残業や闇出勤ですから、その努力に対して手当で報いられることはありません。しかし、誰かがその努力を見ていてくれていて、そこまでやってくれているのだからとそれに呼応してくれるような人もいました。それで報われるような思いもしました。

 でも今回は違います。原因は、杜撰な体制変更と人を育てない体質。それとシステム開発の失敗です。ところが上長は全くそんなことを考えていない。効率的な体制にして新しいシステムを導入したのだから、これまで以上にスムーズに業務が進むはずだと思っているのです。何か不都合が起こって、それが新しい体制やシステムの仕様に起因していることであったとしても、体制の所為にするな、システムの所為にするな、というばかり。皺寄せは実務を担う非正規雇用の人に向かう。それを必死でくいとめている。そんな状況なのです。

 それに、体制変更をして自分が新たに担うようになった業務について、上長は何も説明できませんでした。何をする係なのかをまったく説明せず、非正規雇用の人たちが、それ以前に持っていた仕事を持ったまま私のチームに組み入れられ、その面倒を見ることになりました。その人たちがどんな仕事を抱えているのか、何の説明もありませんが、正社員だから面倒を見なければならない。何かの事情でその非正規雇用の人がいなくなれば、その穴を埋めなければらなない。でも、何の説明もないのだから埋められるものではありません。これほど自分がポンコツだと思ったことは、いままでありませんでした。

 この間、私と同じように厳しい勤務を強いられていた正社員がもう一人いました。この人の仕事の仕方を見ていると、自分がなぜこんな厳しい勤務を強いられているのかがよくわかります。自分のことは見えにくいのですが、他人のことだと一歩退いたところから少し客観的に見ることができるからだと思うのです。

 私たち以外の正社員は、自分は仕事をせずに非正規雇用の人に仕事を丸投げして、細かい説明なんて何もしません。非正規雇用の人が退職したら、次の人を「補充」するだけ。それで問題が解決していると思っているのです。新しく来た人がきちんと仕事をしているかどうかなんてお構いなしです。非正規雇用の人は、何もなくても会社の都合で定期的に入れ替わりが発生します。加えて私の職場では中途で退職する方も多く、そのたびに仕事に穴が開きます。すぐに「補充」が出来たとしても、前任者が積み上げてきたノウハウのすべてを引き継げるわけではありませんから、仕事のクオリティはとんでもなく劣化します。他の正社員は実務のことを理解していませんから、穴が開いたことにも劣化していることにも気づきません。

 でも、この人は違いました。非正規雇用の人がいなくなれば、自分がその穴を埋めようとします。退職が決まった人から1ヶ月以上かけて仕事の引継ぎを受け、新任の方といっしょになって仕事をする。それでも分からないことがあると、非正規雇用の人に申し訳がないと、方々に聞いたり調べたりして新任の方に説明しようとする。他の正社員はこんなことをしていませんが、私から見れば彼女がしていることが当たり前なのです。そして、彼女を鏡にして自分の姿も見えてくる。自分も大多数の正社員とは異なる少数派。やらなければいけない仕事があれば無理をしてでもそれをやろうとする。でも何も聞かされていないから分からないことだらけで、どれだけ無理をしても出来ないことは出来ない。もし自分一人だったら、出来ないのは自分の所為だと思って、精神的に追い詰められていたはずですが、自分と同じような他人を見ていると、それがその人の所為ではないことがわかる。この人がいなければ、自分はポンコツでもうここにいる価値はないと、すべてを自分の所為にしていたと思います。こうして、精神的に壊れてしまうギリギリのところで持ち堪えていたのです。


2025/08/23

過酷な勤務

 少し個人的な話になるのですが、この数か月間は、開館に向けた心境の大きな転換点だったように思うのです。結果としては何も変わっていないのですが、いったんものすごくネガティブな気分になって、開館なんてどうでもよくなった時期がありました。それを乗り越えていく中で、昨年の海士町訪問以来、自分の中で問題になっていた「逃げ出す」のか「飛び出す」のか問題にも、自分なりの答えが出せたように思うのです。まだ少し気持ちの整理が付け切れていないところはあるのですが、この記事を書くことで自分なりに整理をしていこうと思います。

 ところで、この「逃げ出す」「飛び出す」問題に関して、1年以上前に、私は次のようなことを書いています。少し書き直しながら再掲します。

青木真兵さんは、配偶者である海青子さんとの共著『彼岸の図書館:ぼくたちの「移住」のかたち』(2019. 夕書房)の「はじめに」で、「この本は、…ほうほうの体で東吉野村へ逃げ込んだぼくらが、家を開いて図書館を作ったことで元気になっていった「リカバリーの物語」です」と仰っています。また『手づくりのアジール』では、大きな紙幅を割いて、「逃げる」ことの積極的な側面や必要性を述べておられます。例えば、対談者である栢木清吾さんの言葉を借りて

「逃げる」という行動は、現実と対峙しない、消極的で臆病な反応とみなされがちですが、それは積極的な意思表示でもある…自分が所属している組織なり、共同体なり、社会なりに、自らの行動を通じて「否」を突きつけることですから。(pp.40-41)

と仰っています。海青子さんは、これに応えるように

私たちが「逃げた」ことは、現代社会はもういられない場所なんだよということを伝える主体的な行動だったのだと、今お話を聞いて思えました。(p.53)

と仰っておられる。これにはとても共感するところがあります。けれど、言葉についている印象というのは、そう簡単には拭えるものではありません。

同じことをしていても、「逃げ出す」「逃げ込む」というとネガティヴなイメージになり、「飛び出す」「飛び込む」といえば積極的でポジティヴなイメージになります。

ただ、「飛び出す」ことに対しては「逃げ出す」ことよりもより強い勇気が必要です。現代社会の閉塞感の中で息苦しい思いをしている人に対して、「もうそこから逃げ出してもいいですよ」と言うのと「そんな世界からは飛び出してあたらしい世界を作ろう」というのでは、後者は確かに威勢がいいですが、一歩踏み出すのを躊躇しますね。

そんな他人から見たイメージなんてどうでもいいのかも知れませんが、妻を納得させないと開業資金が捻出できない身からすると、小さなこととして捨て置くこともできません。

 ちょうどこの記事を書いた直後ぐらいに会社で体制変更があったのですが、それがずいぶん杜撰だったのです。システム開発の失敗も重なって、年度末は猛烈な勤務。災害級の繁忙。毎日終バスまで残業。帰れなくなったら会社に泊まり、それが嫌でクルマで通うようにしたら11時ぐらいまでの残業が常態化。休日も闇出勤。もう疲れてクルマを運転する気力もなくなって会社に泊まったあくる朝、自分はいったい何をしているんだろうと思い退職を考えたのです。しかし、定年まであと1年ということや、定年後には「本の庵」をやろうと決めていることも考えて思いとどまり。結局は、これまで溜まりに溜まっている有給休暇を退職前に一気に取得するということで一矢報いることにしたのです。

 明日以降、話は長くなりそうですが、少しずつ、自分が置かれていた状況を整理していこうと思います。