いつか私設図書館を作りたいと思いつつ、定年後すぐにそうしようとは考えていませんでした。大学を卒業してこの方、会社に勤める以外の仕事をしたことがありません。仕事のない時期もありませんでした。年金をいただけるのは65歳。定年から5年先です。
いま勤めている会社では、再雇用を希望すれば、定年から5年間は働き続けることが出来ます。現にその制度で再雇用されている人もいます。これまでずいぶんお世話になった方や、この人はすごいな、と思っていた人で、私より一足早く定年を迎えられた方のうち何人かは再雇用の道を進まれました。けれど、そういう方があまり大切に扱われていないように思えるのです。よくできる人に限って、会社からは粗雑に扱われている。本当なら、いろいろと私たちに助言を与えてくださって、みんなから頼られるであろう人ほど、その口を塞がれ、活躍の場が奪われている。まあ、そんなことは世間一般によくあることかもしれませんが、そんな扱いを受けて会社に居残っても、あまり楽しい思いはできそうにありません。
私の場合、さいわい、子供たちも成人しましたので、もう、子供の教育費のために嫌な仕事をする必要はありません。どこかの大学の図書館の仕事でもあれば…。そんなことを考えたり、いやもう仕事の内容はどうでもよくて、この間は仕事以外のことで充実した人生を過ごそう、などということを考えたり、いろいろ思いを巡らせていました。
それで、ご多分に漏れず、いわゆる転職サイトに登録して情報を収集することにしました。世間にはいったいどんな仕事があるのか。まずは情報収集です。ところが、それがあまり魅力的には思えないのです。
年収600万円のハイクラス転職
たしかに魅力的な見出しですが、もうそういう世界が嫌なのです。年収2,000万円でも同じでしょう(いや、それだったら1年だけ勤めたかな?)。年収でいうなら、例えば「年収は200万円だけだけれど、こんなに大切な仕事」というような見出しの方が、中身を見てみようという気になったかも知れません。
転職サイトに登録したことで、自分がいまいる世界が見えてきました。ちょっと偉そうなことをいいますが、その世界にどっぷり入っていると、その世界は見えないんです。いままで何となく、自分にはコミュニケーション能力がないからダメなんだとか、会社という組織を離れて自分で何かするなんて出来っこないんだとか、他人と比べて「こいつには敵わない」とか「こいつよりはましだ」とか、そんなことを考えているのが当たり前の世界にいた。あまりにも当り前だから、自分がそんなふうに考えていることにすら気付かなかったのです。私たちが普段、地球が丸いことやその地球が自転していることに気付かないのと同じかもしれません。
私たちが住んでいるのは、何もかもが記号化される世界。自分にどんな職歴があるのか、どんな資格を持っていて、どんな能力があるのか、どんな仕事を希望しているのか。すべてが記号として入力される世界。そして、それが究極的には金額という記号で表記される世界。給料の高い仕事こそが価値のある仕事。そういう仕事に就くにはコミュニケーション能力が必要で、それを欠いている人間にはそれだけの価値がない。私たちは無意識にそんなことを考えているのではないだろうか。人格とはまったく別のところで、まるで機械か何かのようにスペックで他人から評価され値踏みされる。そして、いつの間にか、自分も他人のことをそうやって値踏みしている。転職サイトから見ると、いま自分が生きている世界はこんなふうに見えてきたのです。
その世界から片足だけでも外の世界に踏み出してみよう。Cafe & Library はそんな世界から一歩を踏み出す挑戦なのかもしれません。
男女の出会いさえも、記号同士の照合になってしまった現代社会。婚活で知り合ったハイスペックな彼と世間知らずの彼女。主人公たちの傲慢なところも残念なところも、彼らが自己嫌悪に陥るところも、全部が、自分自身に重なる。読んでいて心を抉られる思いがする。主人公の二人が苦しんでいるところは、まるで自分が苦しんでいるようでもある。なぜそんなに苦しまなければならないのかと理不尽に思い、そして自分もその理不尽の一部であるように思える。
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