2026/04/19

「仕事」って何?

 先月末で予定通り定年退職をしました。その約2か月前から有給休暇を連続で取得して、事実上の「失業者」にはなっていたのですが、3月末をもって名実ともに「失業者」になりました。毎日、家でダラダラと過ごしてしまわないように、朝の9時から夕方の5時までは勤務時間と考えて、「本の庵」になる予定の藤ノ木の家で過ごしています。最初のうちは思索する時間ばかりが長かったのですが、最近では何かを作るために手を動かしている時間が圧倒的に長くなりました。日が長くなったこともあって5時を過ぎて「残業」することも、土曜日や日曜日に作業をしていることも珍しくはありません。なかなか完成が見通せないのですが、なんとか5月中には図書館として機能するところまでは漕ぎつけ、それからキッチン回りの整備や食器や調理器具の手配を進めていく。正式に開館するまでに「無料見学会」などと称して前宣伝もしていきたい。開館しても儲かる訳ではないので、年金が手に入るまではどこかに勤めに出て生活資金を稼ぐ予定です。

 さて、この生活は「仕事をしている」ことになるのでしょうか。

 「本の庵」は、事業として考えれば儲からないカフェ。DIYでやることにはついついこだわりが出てしまって、費用的に節約ができているのかも怪しいところです。この初期投資が果たして回収できるのか。一方で妻には「ちゃっと仕事してや」と再三言われています。この「仕事」というのはおカネを稼いでくることに他なりません。でも、おカネを稼ぐことと仕事をすることは同義なのでしょうか。それは違うと思うのです。本来は違うのに無意識のうちにそれを同じとみなしてしまっている。それが生き辛さの原因にもなっているんじゃないかと思うのです。

 広辞苑によると「仕事」には三つの語釈が書かれています。

①する事。しなくてはならない事。特に、職業・業務を指す。②事をかまえてすること。また、悪事。③力が働いて物体が移動した時に物体が移動した向きの力の成分と起動した距離との積を、力が物体になした仕事という。単位はジュール。

 広辞苑といえば権威ある辞書ですから、それに異論を唱えるのは勇気のいることですが、なんとなくしっくりこない。「消化酵素の仕事」というときの仕事はどれに該当するのか。普段手にするもの、例えば鋏や包丁などを使ってみて期待以上に使い勝手や良かったときに「いい仕事してるね」などと言ってみたりするのはどれなのか。そういうところが納得できなかったので他の辞書も調べてみました。三笑堂国語辞典によると次の通りです。

①身体や頭を使って働くこと ②職業 ③報酬を得るために働くこと ④その人の力量が発揮された成果 ⑤調理・細工

私のイメージする「仕事」という言葉の意味に少し近付いたように思うのですが、まだなんとなくしっくりきません。「身体や頭を使って働くこと」「報酬を得るために働くこと」という語釈がありますが、「働くこと」のうち「仕事」に該当しないものは何なのか。そこがしっくりこない理由なのかもしれません。それにこれらの語釈はすべて「人」が主体になっています。「消化酵素の仕事」などという用法は擬人的なものということになります。

 どちらの辞書にも「職業」という語釈が含まれています。おカネを稼ぐことです。おカネを稼がない仕事が否定されている訳ではありませんが、おカネを稼ぐ仕事の背後に隠されてしまっているように思うのです。それで、私なりの語釈を考えてみました。

他のものに作用して、その状態を変化させること。特にその変化が有益である場合に用いられることが多い。

この語釈だと、動作の主体は人に限定されません。「働き」という言葉の語釈にも近いのではないかと思います。主体を人として、有益さが金銭的に測られると想定すると「職業」という語釈につながります。

 この語釈をもとにして、何回かに分けて仕事について考察してみようと思います。


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