仕事も社会も複雑化している。だから、これまで以上に専門的な知識や能力が求められるようになっている
そうした言説を、無批判に受け入れてよいのか迷うところです。本当に仕事や社会は複雑になっているのか。自分が歳をとったので同じことでも複雑に感じるようになっているのかもしれません。加齢とともに複雑な仕事や社会の側面と接する機会が増えたのかもしれません。その前に、そもそも「複雑化」とは何を指すのか。それによって、なぜ専門性が必要になるのか。こうした問いを突き詰めれば一冊の本が書けそうですが、ここではいったん脇に置き、「専門性」そのものについて考えてみます。
「専門的能力」や「専門的知識」と聞くと、特別な訓練や教育を受けた人だけが持つ強み、というイメージがあります。ところが、その強みが必ずしも報われるわけではありません。
昨日の記事で触れたように、経理の仕事であっても簿記の知識や経験が求められないことがあります。私自身も、専門的な知識や能力が都合よく使われることはあっても、それが正当に評価されることはほとんどありませんでした。それどころか、「仕事は誰でもできるようにしておかなければならない」と言われ、例えばWordの差込機能を使って仕事を効率化すると、「そんな専門的なやり方をするな」と否定されることすらあります。
中小企業の社長が大学院を卒業したような優秀な技術者を使いこなせない、というようなことならよくありそうな話です。しかし、私が経験した限りでは実態は深刻です。ひとりひとりの社員がどんな専門性を持っているのかを組織的に把握する仕組みはありませんし、上長も本当のところは把握していません。そして、その職場の仕事を遂行するためにどんな専門性が必要なのかについて、誰も示すことができていません。そしてその「専門性」と言われる内容も、簿記の知識やWORDの差込印字のレベルなのです。
どうしてこんなことになったのでしょうか。
「複雑化」という言説には、たしかに一理あるように思えます。新しい商品やサービスが生まれれば、それに伴って新しい知識が必要になります。これまでにはなかった問い合わせやクレームにも対応しなければいけません。非正規雇用や派遣制度の拡大は、労務管理を複雑にしました。補助金や助成金の制度が増えれば、それに対応する業務も増えます。こうして新しい仕事が次々と生まれていくことを「複雑化」と呼ぶことはできるでしょう。
しかし、この流れは今に始まったことではありません。昔から制度や仕組みは増え続けてきました。ただ、その流れがコンピュータの普及によって加速し、人の対応能力を超えるスピードになっている、という側面はあるかもしれません。
そして現代では、この「複雑化」に正面から向き合わなくても済む便利な言葉があります。それが「専門性」ではないか、と思うのです。
「専門性」とは、日常的には扱わなくてもよいが、いざというときに必要になるもの——そんな位置づけで語られることがあります。この「日常的には扱わなくてもよい」という点が重要です。
1990年代以降、大企業の現場では非正規雇用や業務委託が急速に進みました。その結果、正社員は実務から離れ、日常的に専門的な仕事を担わなくなっていきました。実務の多くは非正規雇用に委ねられ、まとまった仕事は外部に委託される。そうした環境の中で、正社員は専門性を身につける機会そのものを失っていったのです。そして、そんな環境でスポイルされた正社員がいま管理職に就いているのです。
「専門的能力」や「専門的知識」を基準に人を評価することは、本来とても難しいことです。それを活かすにも、評価するにも、同程度の専門性が必要になるからです。ところが、実務から離れたまま管理職になった人に、それができるはずがありません。
そこで、いくつかの振る舞いが生まれます。
第一に、自分が専門的な知識や能力を持っていないことの正当化です。たとえば、異動してきた上長が「自分は素人だから、分かるように説明するのは君の責任だ」と言うような場面です。本来は部下の教育は上司の役割ですから、その意味ではこんなことを言う人は上司として機能していません。
第二に、自分にできないことを、部下にやらせないことです。「仕事は誰でもできるようにしておいてほしい」と言いながら、自ら学ぼうともせず、育成もしません。その結果、最も能力の低い人や意欲の低い人に合わせて仕事の水準が決まってしまいます。
そして最後に登場するのが、「コミュニケーション能力」です。しかもそれは、真の意味での対話力ではなく、上長にとって居心地のよい空気をつくれるかどうか、という基準です。これなら、専門性を持たない上長でも評価ができます。
こうして重用されるのは、能力や意欲よりも、その場の空気に適応する「お調子者」です。その人たちが管理職となり、同じ基準で人を評価していく。いったんこの構造が出来上がると、組織を立て直すことは極めて困難になります。
昨日述べた「コミュニケーション能力」偏重と同じように、「専門性」が活かされない、あるいは報われないという状況もまた、特定の会社に限った問題ではないように思われます。
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