2025/08/30

飛び出しモードへの転換

 こうして毎日ストレスのシャワーを浴びていると、だんだんと感受性が鈍ってきます。きっと一つ一つのことに敏感に反応していたら精神的に参ってしまうので、それに対する順応反応として、無気力、無感動、無関心という状態に無意識のうちにシフトしていくのだと思うのです。本当なら、定年退職後の「本の庵」の開館に向けて、例えば改装工事のアイデアをまとめるとか、コーヒーの美味しい淹れ方の研究や美味しいフードメニューの開発、食器や什器選びなど、いろいろやらなければいけないことがあるのですが、そんなことを考える気力が湧いてきません。早くこの会社を辞めたい。辞めた後のことを考えて、そこに向けて「飛び出して」いくモードではなく、明らかに「逃げ出しモード」になっています。

 この一連の記事を書き始めたときは、それまで溜まっていた領収書から帳簿を記帳したり、放ったらかしにしていたホームページをそれらしいものに改修したり、改装業者へのコンタクトを試みたり、余裕のない状況から少し前向きな状況に自分をシフトさせて、「飛び出し」モードを作っていこうとしていたところでした。

 しかし、こうして自分の置かれている状況を言語化していくと、自分にとっていま必要なのは「逃げ出す」ことではないのか、とも思えてくるのです。産業医にも「もうケツまくって辞めたらいいやん」と言われる状況なのです。でも、いざ辞めるとなるとそれもなかなか決断ができない。「逃げ出す」のもそう簡単ではありません。青木真兵さん、海青子さんは著書の中で「逃げる」ことの積極的な側面について述べておられますが、お二人はまさにそんなたいへんな思いをして逃げてこられたのだと思います。

 いまの私の状況は殿(しんがり)かもしれません。戦で状況不利と見て兵を退くとき、最後尾で追手から退却する自軍を守る役割。もともと状況不利な状態で、勢いに乗る敵の追撃を受けつつ、しかし味方からの援軍は期待できない。いちばん過酷な役割ともいわれます。でも、そうやって退却することによって、体勢を立て直し、次の攻勢に出ることができる。いまは逃げながら必死で戦っているのですが、それでうまく退却した先に「飛び出し」モードがあるのかもしれません。


2025/08/29

仕事の尊厳

 聞きかじりの孫引きなのですが、哲学者のエマニュエル・カントが次のようなことを著しているそうです。

目的の国においては、すべてのものは、価格をもつか、それとも尊厳をもつか、そのいずれかである。価格をもつものは、何か他のものがその等価物にされる。それに対してあらゆる価格を超えていて、それゆえいかなる等価物も許さないものは尊厳を持つ。

 このごろの居酒屋の店員のほとんどは学生アルバイトです。短期間で入れ替わることを前提に、辞めたら次の人を「補充」すればいいと考えているのであれば、その仕事には「尊厳」なんてありません。時給何円という「価格」のついた仕事で、辞めていった店員の等価物はその時給で雇えるのです。同じアルバイトでも、少しでも長く活躍してもらって、お店の看板になってほしい、他のアルバイトに範を示すような人になってほしい、と手塩にかけて育てた人なら、代わりの人は簡単には見つかりません。そこには時給何円という「価格」を超えた「尊厳」がある。エマニュエル・カントが学生バイトが店員をしているような居酒屋に行ったかどうかは知りませんが、言いたいことはそういうことじゃないかと思うのです。

 非正規雇用の人が辞めるときの後任者の採用を、辞めていく本人もいるみんなの前で「補充人事は始めていますから安心してください」などと言って憚らない私の職場には、もとから「尊厳」などというものはありません。非正規雇用であっても、その人が積み上げてきたノウハウというものがあります。大なり小なり他の人ではすぐには代替できないことをしているのです。そのことに少しでも敬意を持っていれば「補充人事」なんて言葉が出てくるはずがありません。その人が辞めたら同じ給与で募集を掛ければいい。そんな考えが「補充人事」という言葉に如実に出ています。実務の多くを非正規雇用の人に委ねていながらその尊厳を認めない。非正規雇用の人が次々に辞めていく背景には、自分の努力が報われていない、リスペクトが払われていないという不満が少なからずあるはずです。

 尊厳がないのは正社員も同じで、「仕事は誰でもできるようしておかないといけない」という号令の下に、その人にしかできないような専門性は徹底的に排除されていきます。私は、いまの職場で私がいちばん優秀だとは思いませんが、私にしかできない仕事はいくつもあります。しかし、もうあと数か月で私は定年退職する。そのあとは、その仕事が「誰でもできるように」しておかないといけないのです。その責任は、仕事のクオリティを下げることではなく、その仕事の仕組みを誰でも理解できるように説明することで果たさないといけない。私のこの考えは間違っていないと思います。けれどこの会社ではこんな当たり前のことが通じない。

 私と同じような考えを持っていっしょに厳しい勤務を乗り越えてきたもうひとりの正社員は、すでに退職してもういません。上長からも「無駄な仕事」と断じられ、残業することも認められず、ひとり闇残業をして、誰も読んでくれないかもしれない引継資料を作っている。私は何をしているのでしょう。


2025/08/28

左遷

 30年前の話ですが、私は転職していまの会社に勤めるようになりました。前の会社を辞めた理由は、上司が左遷されてきたからです。もちろん辞令に「左遷」と書かれているわけではないのですが、本人が自分は左遷されたと思っていて、それにたいする不満を私たちの前で態度に表すのです。失礼にも程がある。

 こんな事情で以前に勤めていた会社を飛び出して、いま勤めている会社に飛び込んできました。いまの会社で何度か人事異動を経験しましたが、前の会社でこんな経験をしていますから、これまで一度も自分が左遷されたと思ったことはありません。どの職場に行っても、その職場でいちばん仕事に対して情熱を持っている人と同じぐらいの情熱を仕事に注いできました。そうやって30年間勤めてきた最後の職場は、残念ながら左遷先でした。

 いまの職場では、非正規雇用の人が次々に辞めていきます。そのたびに「補充」人事が行われます。私や、私といっしょに厳しい勤務を乗り越えて退職していった正社員はマイノリティで、他の正社員による非正規雇用の人の扱いはとても粗雑です。この間、私は、4月に着任された新しい非正規雇用の人に仕事をしてもらうのに、タイトな説明資料を用意して膝詰めで説明をしたり、毎日やらなければいけない仕事であれば、数日いっしょにやることで、自分が退職したあともその仕事が継続的にできるようにしてきました。しかし、他の正社員は、ある人はだらだらとミーティングをするばかり、ある人はそれすらもなく、周りにいる非正規雇用の人に説明を委ねていて、自分はその内容について一切関知していない、という有様です。つまり、非正規雇用の人を手塩にかけて育てていない。だから、着任から数か月でその人がこの職場に見切りをつけて退職していっても、何も惜しくないのです。だから「補充人事」などということを平気で口にする。せめて「後任の人の採用」と言えないものか。

 非正規雇用の人の採用は、直接雇用であっても派遣であっても、人材派遣会社に頼っています。直接雇用の場合でも、紹介予定派遣という制度を使って、人材派遣会社を通じて募集を行っているのです。いま、どこでも人手不足と言われている中で、会社のニーズと働きたい人のニーズをマッチングさせるのはたいへんなことだと思います。そうやって苦労してマッチングした人が数か月で辞めていく。辞めていった人に問題があったわけではないのです。けれど、うちの会社からは「すぐ辞めるような人をマッチングした」などとクレームを言われ、「こんどはちゃんとした人を」などといわれる。私が人材派遣会社の社員なら、たとえ綺羅星のような人が応募してきたとしても、こんな会社とはマッチングせずに他の会社に紹介すると思います。

 正社員の人事についても、事情は同じだと思うのです。自分に人事権があるとして、前の正社員が中途退職したり病気休職したりしているところに、将来を嘱望される人材を回すでしょうか。むしろ、辞めても惜しくないような人材の左遷先として位置付けるのが落ちではないかと思うのです。自分もそうやって異動してきた。定年退職まであと2年半というところで、これまで何の経験もつながりもない部署に異動させられるというのは、それだけで限りなく左遷人事に近いと考えていいはずです。そこを、そうは考えずに、仕事に情熱を注いできたことが間違いだったのかもしれません。


2025/08/27

働き方改革

 36協定で定められている上限を気にしながら、例えば10時まで残業しても、8時でいったん退勤登録をするとか、それも「働き方改革」などと言われる前はこうではなかったのです。正直に10時で退勤登録して、だけど残業は8時まで、というようなことをしていた。それはそれでよくないことではあるのですが、少なくとも10時まで働いていたという記録は残すことができました。しかし、この会社ではそんなことが横行していたので、労基署が入り、そこを指摘されてからは、10時まで残業するときでもいったん8時なり9時なりで退勤登録をするということが慣行となりました。そうやって、雇われている方が「自主的」に36協定が守られているような外見を作ってきたのです。これは明らかにおかしい。法定労働時間でも法定休日でも36協定でも、それを守る義務があるのは雇う側であって、それが守られていないときに責任を問われるのは会社の方なのです。ところが、この会社ではそんなこともわかっていない人が課長になって部下の勤務管理をしているのです。課長になれば部下の勤務を管理しないといけないので、課長研修などの機会にそういうことを教示しないといけないはずなのですが、この会社の課長研修というのは、言っている本人も何を言っているのか分からないような「お偉方」の話を聞かせて根性を叩きこむだけなのかもしれません。

 繁忙期も過ぎて、少し余裕も出てきたある日、私は上長に呼び出されて、別室に連れていかれました。そこで上長は、前日、私がやっていた仕事を「自己満足のための無駄な仕事」と断じ「1年に1回しかない仕事のためにマニュアルなんかいらない」「そのとき誰かに聞いたらわかるんや」というのです。ここで私の尊厳は完全に打ち砕かれました。挙句に「36協定を守ることより大事な仕事はない」などといって、私に36協定を守らせようとする。おぞましい。こんな人が課長をやっているなんて、うちの会社はブラック企業なのか。

 この会社では、上長の言うように、引継資料なんて「自己満足のための無駄な仕事」なのです。どうせそんなもの誰も読んでくれません。それでも書かなければ気が済まない。ここで止めてしまったら、私は、実務を非正規雇用の人に押し付けて偉そう張るだけで仕事をしていると勘違いしているダメ正社員に落ちぶれてしまう。自己満足というのであれば、徹底的に自己満足を追求するまでです。

 繁忙期も過ぎたので、10時、11時といった残業はなくなりましたが、それでも残業は続いています。上長の恫喝以来変わったことといえば、退勤登録をしなくなったことです。自己満足のための無駄な仕事のために残業を付ける訳にはいきません。さりとて定時に退勤しているように偽るのは悔しい。退勤登録をしないのはせめてもの抵抗です。それで上長も何も言いません。それなら最初からそう言えばいい。「残業を付けるな」。もちろんそんなことを言ったことが労基署にばれたら完全にアウトです。そうやって自分が責任を取るようなことにならないように、という小賢しさだけは持っている。この会社で課長になるのはこういう小賢しい人間ばかりなのかもしれません。

2025/08/26

仕事は誰でもできるように

 いま私が配属されている部署は極端な例ですが、概して私の会社では、業務の標準化が出来ていません。業務マニュアルも業務引継資料も、ごく簡単なものしかありません。ないときもあります。正社員はどんな仕事でも出来ることが前提になっていて、引継などしなくてもすぐに後任者が仕事に就ける。そんな幻想が抱かれています。 勤めている間に何度か人事異動を経験しましたが、前任者から満足のいく引継を受けたことはほとんど皆無です。引継資料とは名ばかり。「この仕事は非正規雇用の人がやってくれているのでハンコを押すだけでいい」などということが堂々と書かれていたりします。

 私の場合は、後任者にこういう苦労をさせないために、どこの部署でも、着任早々から引継資料を作成することを常としてきました。書き起こした資料が100ページほど。これに参考資料を加えてインデックスを付け、フラットファイル1冊から数冊分の資料を作成して、ファイル1冊について半日の説明を3回程度行って引継をしてきました。

 それで引き継いだとおりにきちんと仕事をしてくれる人もいます。担当が変わればどうしても仕事のクオリティは劣化しますが、それで関係者に迷惑を掛けないようにしたい。人事異動はこちらの都合なのですから、そう思うのは当然だと私は考えてきました。しかし、そんな私の思いに反して、「新しい担当者が新しいやり方でやる」などと言って上長から引継をさせてもらえなかったこともありました。私のやり方が間違っていたとか、それで誰かに迷惑を掛けていたのなら仕方がありませんが、そうではない。さっきも言ったように、この会社では正社員はどんな仕事でも出来ることが前提なので、自分にしかできない専門性の高い仕事は忌み嫌われます。目の前にある仕事をやるためにいろいろ調べて、勉強もし、努力を積み上げて、高いレベルで仕事を標準化しようとすれば、「仕事は誰でもできるようにしとかないといけない」とお叱りを受ける。誰でもできるように引継資料を作成するのではなく、誰でもできるようなレベルで仕事をする、というのが会社の不文律なのです。これじゃ自分の職場でいちばん能力のない人に合わせて仕事をしなければいけない。せっかくの引継資料も活かされることはありません。その結果は惨憺たるものです。ただ誰もそれを問題にしない。こちらの耳には関係者からのクレームも入ってくるのですが、後任者も上長も馬耳東風。きっとクレームの内容も理解できていないと思われます。そのうちにクレームを入れたところで無駄だということが分かってクレームもなくなる。そんなことを何度か経験しました。

 さて、「そこはもう私がいられる場所ではない」という意思表示をして、そこから逃げ出す覚悟を決めた会社ではあっても、後任者が自分と同じような苦労をすることを是とは思えません。こんな闇残業、闇出勤を重ねなければ乗り切れない状況は再現するべきじゃないと思いますし、その繁忙の中で「自分はポンコツでここにいる価値はない」と毎日、自分を否定しながら過労自殺さえ脳裏を過ぎるような毎日を後任者に押し付けることは、何が何でも「否」です。一方で、後任者が自分の職責に無関心で、実務は非正規雇用の人に押し付けて、必要な仕事をせず、クレームの内容すら理解できずにとうとうクレームもなくなってしまうというようなことも是とは思えません。それで私にできることといえば、きちんと引継資料を作って、きちんと引継をする。後任者がどんな人かは分かりません。もしかすると自分の職責に無関心な人かもしれませんが、それでも作った資料は残りますから、いずれそれが「発掘」されて、心ある人が読んでくれれば、このどうしようもない職場をなんとか立て直す足掛かりになるかもしれない。繁忙期が終わって時間的には少し余裕がでてきました。この間の闇残業、闇出勤を全部つければ、もちろん労基法36条で結ばれた協定で定められている上限をはるかに超える残業になるのですが、もうそれは過去のこと。別にそれを労基署に訴えるつもりもありません。その上で、36協定で定められている上限を気にしながら…

すみません。ここ、とても辛くて筆が進みません。


2025/08/25

過労死と隣り合わせ

 何もないときに過労死や過労自殺の話を聞くと、なぜそこまで自分を追い込むのだろうと思ってしまいます。もちろん、追い込んでいるのは会社であって、死んだ人が自分自身を追い込んでいる訳ではないのですが、それでもなお、逃げ場はなかったのか、なぜ逃げなかったのかと、死んだ人にも責任の一端を負わせるような思いを抱くことは否定できません。けれど、この間の過酷な勤務を経験して、自分が過労死や過労自殺と隣り合わせの毎日を過ごしていると、その状況から「逃げ出す」ということがどれほど難しいのかを身をもって理解できます。「もうそこから逃げ出してもいいですよ」と言われてすぐに実行できるようなことではありません。

 ところで最近、過労死や過労自殺が深刻な社会問題となる中で、「働き方改革」という言葉がよく使われるようになりました。しかし、会社の本質が変わらない中で働き方を改革して労働条件を改善するというのは眉唾です。「働き方改革」という言葉には、「働き方」に問題があるのでそれを改革するという意味があります。けれど、問題なのは「働き方」ではなくて「働かせ方」なのです。

 私といっしょに厳しい勤務を強いられていた正社員は、もうこれ以上、仕事が入らないと上長に訴えました。上長は彼女の仕事の一部を別のチームの社員に振ろうとしました。しかし、彼女を追い詰めているのは、誰も彼女の仕事を理解していないことなのです。彼女は、会社都合で雇止めになる非正規雇用の人がやっている仕事を引き継ごうと必死になっています。辞めていく(というか会社の勝手な都合で雇止めになる)非正規雇用の人は、1年に1回しか発生しない仕事や不定期にしか発生しない仕事で、しかもルーティンが長くて複雑で、過去のノウハウも残されていないような仕事を抱えています。彼女は、その仕事をまずは自分が抱えて、それを新任の人に引き継ごうとしているのです。一方で、彼女から仕事を振られた社員は「やり方を言ってくれたらやりますよ」と言います。やり方を説明できるのであればこんな苦労はしません。結局、彼女の仕事の中でも比較的ルーティンが確立されている部分が別の社員に移され、しんどいところだけが彼女に残されました。非正規雇用の人から彼女に流れていたルーティンの流れは、非正規雇用の人から別の社員に変わりました。この社員がご多分に漏れず何もわかっていない社員で、回されてきた伝票に理不尽な注文を付けてばかり。たちまち非正規雇用の人から悲鳴が上がり、彼女はその対応をしなければならなくなります。挙句にその社員は、繁忙がいちばんピークになったところで「もうパンパンなのでこっちに流れてくるルーティンを止めてもらえませんか」などと言う始末。このままでは36協定で定められている上限を超えて残業しないといけなくなるというのです。「パンパン」のレベルが違う。なんと呑気なことをいっているのか。結局は、毎日10時、11時まで残業し、休日も闇出勤している正社員が、休日出勤を重ねてピークを乗り切ることになりました。これがこの会社の「働き方改革」の正体なのです。

 きのうの記事でも書きましたが、彼女は私の鏡。自分のこととなると、自分がいまどんな状況に置かれているのかが見えなくなりますが、彼女を通してみれば自分のことでもよく見えてきます。私も36協定の上限を超えた残業をして、休日に闇出勤をして法定休日も取れないような勤務をして、終バスにも乗れずに会社に泊まって、やっとそれでやらなければいけない仕事をこなしているのです。定年退職の前に有給休暇をまとめて取って、来年のこの繁忙期からは逃げ出そうというのは、それに対する細やかな抵抗。それじゃ来年、この修羅場をだれがどうやって乗り越えるのか。そんなことは知ったことではありません。どうしたところで乗り越えられるものではないのです。そして、どうせ誰も仕事がわかっていないから、仕事ができなくなったところで誰も気づかない。

 私の細やかな抵抗について、今年この修羅場をともに越えてきた彼女にだけは、自分が来年の今頃はいないことを話しておこうと思いました。話をしたとき、彼女はひどく動顚していました。来年のことまで考えている余裕はなかったと思いますし、来年も私といっしょにこの修羅場を乗り越えると、頭の片隅で思っていたのだと思います。けれどそれは叶わない。

 私の話を聞いた翌日、彼女から、会社を辞めるという決意を伝えられました。こんな会社の狭い世界の中で都合のいいように使われるのではなく、自分の将来のことを考えて、いろんな選択肢から自分の道を選んでいきたい。これは「逃げ出す」なのか「飛び出す」なのか。自分の誕生日に辞表を出して1か月後に辞めると決めた彼女には、まだ少し迷いがあるようでしたが、私は彼女の決断を受け止めて、彼女の背中を押していました。私の念頭には、青木海青子さんの次の言葉がありました。

私たちが「逃げた」ことは、現代社会はもういられない場所なんだよということを伝える主体的な行動だった(『手づくりのアジール』p.53)


2025/08/24

自分はポンコツ

 きのうの記事からの続きです。

 この会社に勤めて、闇残業で終バスを逃し会社に泊まらなければいけないようなことは何度かありました。でも、いままではそういう厳しい勤務実態と仕事のやりがいは表裏一体でした。闇残業や闇出勤ですから、その努力に対して手当で報いられることはありません。しかし、誰かがその努力を見ていてくれていて、そこまでやってくれているのだからとそれに呼応してくれるような人もいました。それで報われるような思いもしました。

 でも今回は違います。原因は、杜撰な体制変更と人を育てない体質。それとシステム開発の失敗です。ところが上長は全くそんなことを考えていない。効率的な体制にして新しいシステムを導入したのだから、これまで以上にスムーズに業務が進むはずだと思っているのです。何か不都合が起こって、それが新しい体制やシステムの仕様に起因していることであったとしても、体制の所為にするな、システムの所為にするな、というばかり。皺寄せは実務を担う非正規雇用の人に向かう。それを必死でくいとめている。そんな状況なのです。

 それに、体制変更をして自分が新たに担うようになった業務について、上長は何も説明できませんでした。何をする係なのかをまったく説明せず、非正規雇用の人たちが、それ以前に持っていた仕事を持ったまま私のチームに組み入れられ、その面倒を見ることになりました。その人たちがどんな仕事を抱えているのか、何の説明もありませんが、正社員だから面倒を見なければならない。何かの事情でその非正規雇用の人がいなくなれば、その穴を埋めなければらなない。でも、何の説明もないのだから埋められるものではありません。これほど自分がポンコツだと思ったことは、いままでありませんでした。

 この間、私と同じように厳しい勤務を強いられていた正社員がもう一人いました。この人の仕事の仕方を見ていると、自分がなぜこんな厳しい勤務を強いられているのかがよくわかります。自分のことは見えにくいのですが、他人のことだと一歩退いたところから少し客観的に見ることができるからだと思うのです。

 私たち以外の正社員は、自分は仕事をせずに非正規雇用の人に仕事を丸投げして、細かい説明なんて何もしません。非正規雇用の人が退職したら、次の人を「補充」するだけ。それで問題が解決していると思っているのです。新しく来た人がきちんと仕事をしているかどうかなんてお構いなしです。非正規雇用の人は、何もなくても会社の都合で定期的に入れ替わりが発生します。加えて私の職場では中途で退職する方も多く、そのたびに仕事に穴が開きます。すぐに「補充」が出来たとしても、前任者が積み上げてきたノウハウのすべてを引き継げるわけではありませんから、仕事のクオリティはとんでもなく劣化します。他の正社員は実務のことを理解していませんから、穴が開いたことにも劣化していることにも気づきません。

 でも、この人は違いました。非正規雇用の人がいなくなれば、自分がその穴を埋めようとします。退職が決まった人から1ヶ月以上かけて仕事の引継ぎを受け、新任の方といっしょになって仕事をする。それでも分からないことがあると、非正規雇用の人に申し訳がないと、方々に聞いたり調べたりして新任の方に説明しようとする。他の正社員はこんなことをしていませんが、私から見れば彼女がしていることが当たり前なのです。そして、彼女を鏡にして自分の姿も見えてくる。自分も大多数の正社員とは異なる少数派。やらなければいけない仕事があれば無理をしてでもそれをやろうとする。でも何も聞かされていないから分からないことだらけで、どれだけ無理をしても出来ないことは出来ない。もし自分一人だったら、出来ないのは自分の所為だと思って、精神的に追い詰められていたはずですが、自分と同じような他人を見ていると、それがその人の所為ではないことがわかる。この人がいなければ、自分はポンコツでもうここにいる価値はないと、すべてを自分の所為にしていたと思います。こうして、精神的に壊れてしまうギリギリのところで持ち堪えていたのです。


2025/08/23

過酷な勤務

 少し個人的な話になるのですが、この数か月間は、開館に向けた心境の大きな転換点だったように思うのです。結果としては何も変わっていないのですが、いったんものすごくネガティブな気分になって、開館なんてどうでもよくなった時期がありました。それを乗り越えていく中で、昨年の海士町訪問以来、自分の中で問題になっていた「逃げ出す」のか「飛び出す」のか問題にも、自分なりの答えが出せたように思うのです。まだ少し気持ちの整理が付け切れていないところはあるのですが、この記事を書くことで自分なりに整理をしていこうと思います。

 ところで、この「逃げ出す」「飛び出す」問題に関して、1年以上前に、私は次のようなことを書いています。少し書き直しながら再掲します。

青木真兵さんは、配偶者である海青子さんとの共著『彼岸の図書館:ぼくたちの「移住」のかたち』(2019. 夕書房)の「はじめに」で、「この本は、…ほうほうの体で東吉野村へ逃げ込んだぼくらが、家を開いて図書館を作ったことで元気になっていった「リカバリーの物語」です」と仰っています。また『手づくりのアジール』では、大きな紙幅を割いて、「逃げる」ことの積極的な側面や必要性を述べておられます。例えば、対談者である栢木清吾さんの言葉を借りて

「逃げる」という行動は、現実と対峙しない、消極的で臆病な反応とみなされがちですが、それは積極的な意思表示でもある…自分が所属している組織なり、共同体なり、社会なりに、自らの行動を通じて「否」を突きつけることですから。(pp.40-41)

と仰っています。海青子さんは、これに応えるように

私たちが「逃げた」ことは、現代社会はもういられない場所なんだよということを伝える主体的な行動だったのだと、今お話を聞いて思えました。(p.53)

と仰っておられる。これにはとても共感するところがあります。けれど、言葉についている印象というのは、そう簡単には拭えるものではありません。

同じことをしていても、「逃げ出す」「逃げ込む」というとネガティヴなイメージになり、「飛び出す」「飛び込む」といえば積極的でポジティヴなイメージになります。

ただ、「飛び出す」ことに対しては「逃げ出す」ことよりもより強い勇気が必要です。現代社会の閉塞感の中で息苦しい思いをしている人に対して、「もうそこから逃げ出してもいいですよ」と言うのと「そんな世界からは飛び出してあたらしい世界を作ろう」というのでは、後者は確かに威勢がいいですが、一歩踏み出すのを躊躇しますね。

そんな他人から見たイメージなんてどうでもいいのかも知れませんが、妻を納得させないと開業資金が捻出できない身からすると、小さなこととして捨て置くこともできません。

 ちょうどこの記事を書いた直後ぐらいに会社で体制変更があったのですが、それがずいぶん杜撰だったのです。システム開発の失敗も重なって、年度末は猛烈な勤務。災害級の繁忙。毎日終バスまで残業。帰れなくなったら会社に泊まり、それが嫌でクルマで通うようにしたら11時ぐらいまでの残業が常態化。休日も闇出勤。もう疲れてクルマを運転する気力もなくなって会社に泊まったあくる朝、自分はいったい何をしているんだろうと思い退職を考えたのです。しかし、定年まであと1年ということや、定年後には「本の庵」をやろうと決めていることも考えて思いとどまり。結局は、これまで溜まりに溜まっている有給休暇を退職前に一気に取得するということで一矢報いることにしたのです。

 明日以降、話は長くなりそうですが、少しずつ、自分が置かれていた状況を整理していこうと思います。