2024/05/17

収益性再考

  実際に訪れてはいないのですが、横浜で週1日か2日だけ開いておられる読書カフェ「草径庵」を知って、カフェの収益性についての考え方は大きく変わりました。草径庵を知るまでは、図書館をやりたいという希望を叶えるために必要な費用を捻出する手段としてカフェを「経営」しようとしていたのですが、草径庵を知ってからは、カフェも図書館も一体のものとして、自分にとって居心地のいい空間であることが最優先事項で、儲かるかどうかは二の次。儲かれば儲かったでいいけれど、儲けようとしてやっているわけではなくて、儲からなくても続けていける仕組みを、定年後の生活全体の中で作っていけばいい、という考えに大きくシフトしました。

 草径庵の庵主さんはライターをされているようです。そこで稼いだおカネを草径庵に注ぎ込んでおられるのかもしれません。私の場合、そんなカッコイイ仕事はできませんので、例えば週3日間どこかで雇われて仕事をするとか、朝の時間だけ、スーパーの品出しをするとか、ショッピングモールの清掃をするとか、そんなことで月々わずかな収入を得て、それでカフェをする。もう定年ですから、おカネのためにそんなに働かなくてもいいのではないか。それに、仕事に生き甲斐ややり甲斐を求める必要もありません。自分の居場所は仕事以外のところにあるのですから。収入を得るためにするジョブと、社会に働き掛けてそこにやり甲斐を感じたり、自分の居場所を作ったりするワークをはっきり分ける。雇われてお給料をもらうのはいままでといっしょだけれど、こうすることでコミュニケーションに関わる負担は大きく軽減できると思うのです。

 家賃やリース料といった、月々発生する固定費を出来るだけ小さくして、初期投資については「道楽」と割り切って、回収することを考えない。もし誰も来てくれなくても、カフェ以外にやっていることで、たとえ僅かであっても月々決まったおカネは入ってくる。

 これまではそうはいきませんでした。娘が2人いれば、教育費もかかる。住宅ローンも返済しないといけない。「男性」というジェンダーは外で働いてきて稼いでくるところに価値がある、という伝統的な考え方がありますから(私がそう思っている訳ではないのですが、妻はそう思っているようです)、仕事を辞める訳にもいかず。脱サラするにしても、きちんと家におカネを入れられない仕事なんてできませんでした。「儲からなくてもいいや」と考えられるのは、人生の中でいまだけなのです。

 そうすることで、おカネのことはあまり考えずに、自分の好きなことが出来ます。少しでも多くの方に来店いただくとか、客単価を上げるとか、そういうことを考えて「お客様」に迎合する必要もありません。カフェを成功させるためのテンプレートに乗っかって、どこにでもあるようなカフェを作り、同じようなテンプレートで作られている他のカフェと競争する必要もありません。その結果、どこにもないような自分らしいカフェが出来て、それが受け入れられれば多くの方に来ていただけるし、受け入れられなくても、別に店を閉じる必要もなく、ただ細々と続けていればいい。

 そう考えることで、ものすごく気持ちの余裕ができるのです。

 きっとうまくいくような気がしてきました。




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