「サラリーマンは気楽な稼業」といってクレイジー・キャッツをすぐに連想するのは、私よりもひと世代、年配の方でしょう。1962年公開の映画『サラリーマンどんと節 気楽な稼業と来たもんだ』のテーマ曲なんですね。私が生まれる前です。当時のサラリーマンがみんなお気楽だったとは思えません。むしろ今よりも「モーレツ社員」が当たり前だったんじゃないかと思いますが、一方で、上司の顔色や自分の出世のことに無頓着な「お気楽社員」を抱えるぐらいの余裕が、会社という組織にも社会全体にもあったのかも知れません。コンピューターが普及して機械化も進んだ現代なら、その頃よりももっと気楽に仕事ができるはずなのに、どうもそういう余裕がなくなったような気がするのは、私の思い過ごしでしょうか。
さて、定年が近づいてきて、定年後の身の振りを考えている私にとって、確かにサラリーマンは気楽だったなあと思うことがあります。サラリーマンは、基本的に、何をすればいいのかが決まっているのです。「決まっているはず」と言った方がいいのかも知れませんが、とにかく言われたことをやっていればいいというのは、確かに気が楽です。自分で何か事業を始めようと思えば、どんな些細な事業であっても、自分で決めなければならないことばかりですし、事業を始めた後も、きっといろいろ決めなければならないことの連続なんだと思います。それに比べれば、サラリーマンは確かに気楽な稼業かも知れません。
でも、どうもそれも最近、雲行きが変わってきたように思うのです。人事異動だとか係替えなどで新しい仕事をしなければならなくなったときに、引継資料を見てもさっぱり仕事の内容が理解できない。上司に訊いても、上司が仕事の内容を把握していない。私が就職した頃に比べても、そういうことが深刻さを増しているように思うのです。それに、以前は、そんなのは私が勤めている会社だけだと思っていたのですが、どうもいろんなところで大なり小なりそうした傾向があるようなのです。事例を挙げるのは「経営学者」と呼ばれるような人に任せますが、いろいろな企業不祥事やトラブルを見ていると、どうもそんな気がするのです。
これも「きっと」という話なのですが、その背景には、きっと非正規雇用の拡大があるように思うのです。私の世代までは、自分が新入社員だった時には、契約職員だとか派遣職員だとか業務委託だとか、そういうものはごく例外的なもので、就職して最初のうちは、とにかく新人でも出来るような単純作業だとか、毎日あるいは毎月発生するような定型処理だとか、そういう仕事から教えられたものです。ところが、いまはそういう仕事は非正規雇用の人や業務委託先の人がやってくれますので、自分が知らなくても仕事が回っていきます。それでも最初のうちは、非正規雇用の人が交代するときは、正社員から新しい非正規雇用の人に仕事の説明をしていたので、正社員はある程度、仕事を知っていることが前提でした。それが、正社員の方も世代が交代すると、そういう説明もできなくなって、非正規雇用の人同士の引継ぎに頼ってしまうようになり、それも短期間で人が代わるものだから、引き継ぐ内容がどんどん薄くなって、誰も仕事のことが分からなくなっているのではないかと思われるのです。業務委託も、最初はきちんとした業務仕様書があったのだけれど、新しい制度の運用が始まったり、執務場所や体制の変更などがあったときに、仕事の分からない正社員には業務仕様書の改訂が出来ず、「とりあえず」みたいな指示が慣例化して、仕事がどんどんブラックボックスになっていく。正社員にとっても、そういうところに身ひとつで放り込まれるような人事異動や係替えが増えているのではないかと思えるのです。そういうことが、きっと日本中で起きている。それも名前の知れた有力企業の方が、組織が大きく、非正規雇用の方や業務委託先との関係で、正社員がより強い立場にあるだけに、より深刻な様相にあるのではないかと思うのです。
年配の社員が仕事を把握しきれないということは昔からあったと思います。コンピューターが導入されて右往左往する上司の図というのは、昭和時代の会社でも見られてことだと思うのです。それが、その時代であれば、新しい仕事に適応していける若手社員と適応できない年配社員という「世代間」の問題として顕われたのですが、現代では、待遇と安定した雇用が保証された正社員と、ワーキングプアと言われる非正規社員の間の問題や、名前の知れた大手企業の社員とその下請けで業務を受託する会社の社員の間の問題という、一種の「階級間」の問題として顕われているのだと思うのです。
もし日本中でこんな問題が起こっているとするならば、その問題を引き起こしている真の原因は「業務効率化」という「カネ」の論理です。生産性の低い「お気楽社員」を排除し、単純作業や定型作業を給与の安い非正規社員に任せる。それによる利益は「資本」が吸い上げていく一方で、そこで生じる矛盾は、立場の強い方から弱い方に押し付けられていく。非正規社員からすれば、正社員は自分に矛盾を押し付けてくる「支配者」に見えるでしょうし、一般の正社員からすると上司が支配者に見える。けれど本当の支配者は「カネ」であって、上司も役員も資本家も、その「カネ」が仮面を被っているに過ぎない。私たちが生きている社会というのはそういう構造で、それが私たちを日々苦しめているのだと思うのです。
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