きのうの記事では、世間でよく言われる「主体性」とか「主体的」ということが、実は「まやかし」ではないのかということを述べましたが、本当の意味での「主体性」とか「主体的」というのは、人間らしく生きていくうえでとても大切なことだと思うのです。いま私が Cafe & Library 構想を実現しようとしていることは、まさに主体的な行動です。誰かから強制されたり、何かに盲従しているわけではありません。衝動的というところは多少あるかもしれませんが、それでも、いままでの人生の中で、いちばん自分の主体性が試されているように思うのです。いまや人生の最終コーナーを駆け抜けようとしているこの段階で、これまでの人生の全体が試されているようなものです。
人生の前半期には、就職活動という大きな転機がありました。ここでもきっと「主体性」が問われたのだと思いますが、私自身は、就職活動誌の情報に踊らされて、大きな流れの中で就職を決めました。いまの学生さんなら、終活アプリが就職活動を支援してくれますし、恋愛や結婚でさえも、何か決められたレールの上を流されていくように答えが用意されているのかも知れません。「最近の若者は」と言いたいわけではありません。私自身も、大きな流れに盲従して、どこかに用意された答えに安住して生きてきました。人生の最終コーナーも、そうやってレールに乗っかって曲がり切ろうと思ったのです。最初に乗っかろうとしたのは転職サイト、次はカフェ学校でした。でも、どちらも乗り切れない。枠組みそのものに何か違和感がある。それで今日に至る、なのです。
いま Cafe & Library のことを考えている時間は楽しい。その時間だけは、日ごろの仕事への不満を忘れることが出来ます。それは、その時間が「主体的」に何かに打ち込んでいる時間だからだと思うのです。しかし、本当に主体性を持って主体的に行動するには、自分が意思を持ち判断を下せるだけの知識や能力も必要です。そうした知識や能力に裏打ちされた信念を持って、周囲の人たちを動かし、その理解も得ていかなければいけません。どうすればその Cafe & Library 構想を実現させれるのか。先が見通せないのは不安ですし、苦しく思うときもあります。何をいまさらと思われるかもしれませんが、そういう悩みに年齢は関係ないと思うのです。
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