京都のとあるカフェ。
40歳前後と思しき男性が一人で営んでおられるカフェで、カウンターに5席ほど、奥には2人席が3つというこじんまりとした店です。自家焙煎をされていて、コーヒーには相当なこだわりがあり、通りの角を曲がった瞬間から、匂いに誘われるカブトムシのように吸い込まれるカフェなんです。
そこには何度か行っているのですが、マスターと親しく言葉を交わしたことはありません。ただいつも、一杯のコーヒーにメッセージを込めるように入れてくださる。コーヒーを飲むだけで、マスターのお話が聞けたような気になる。それがマスターとのコミュニケーションだと思っているような店です。
店内で勝手に写真を撮ることはご法度で、食べログにも載っていないので、店の名前は出しませんが、京都市内の、住宅地の中にあって、観光地だらけの京都市内ですから、歩いて行ける範囲に観光地と呼べるような場所のひとつやふたつはあるといったロケーション。
その日は午前中に少し時間があったので、ひとりでその店に行きました。話は逸れますが、ここ数年、大判の手帳を日記帳にしていて、後ろ半分の日付の書かれていないページに、観た映画や読んだ本の感想を書くようにしているんです。ちょうど本を読み終わったところなので、席に掛けると早速、その作業を始めました。
マスターはいつも、奥の席が空いていれば奥の席を勧められます。その日は、女性客が一人、やはり何かノートを出して書き物をされていましたが、そのうちにその方も帰って、店は私一人になりました。
そこへ外国人観光客が3人、ドヤドヤっと入店してきたのです。いつも静かな店なのですが、ときどきこういう時もあります。2人席で向かい合ってペチャクチャおしゃべりしている声とか、別にいいんですけど、それがなんとなく気になるときもある。聞こえてくる話の内容が面白いというよりも、本人たちが無理をしていてなんとなくぎこちない雰囲気だったり、たぶん、こっちの人は早く帰りたいんだろうなぁ、なんて思いながら本を読んでいると、気の毒な気持ちが伝わって来て、本にも集中できなかったりします。そのときの3人も、別に外国人だからどうという訳ではなく、どこかその場の雰囲気にはそぐわない印象で、今日はもう仕方がないと諦めかけたところでした。
2人席しかありませんので、その3人は、空いている席から椅子を持ってきて2人席を無理に3人席にして掛けようとしました。そのとき、マスターがやって来て、それはやめてくれ、2人と1人で分かれて座ってくれ、と英語で説明しました。3人は困惑した様子で、そのうち諦めて、マスターに何かいう訳でもなく、黙って店を出ていきました。
おかげで静かに日記帳に向かうことが出来ました。
帰りがけにマスターに礼を言うと、静かに本を読んだり仕事をされる方が多いですからね、とのこと。私に気を遣って、私のために静かな環境を守ってくださったのです。もちろん、いちどこの店に来た方なら、みなさん、この雰囲気を知って来られますから、私が帰った後に来られるお客さんも、いつもの静かな雰囲気を期待してこられるでしょうし、そこに、傍若無人とまではいわなくても、騒がしく談笑する客がいればがっかりする人もいるでしょうし、そのあとしばらく足が遠のくことだってあるでしょう。そう考えれば、断ることが店のサービスの商品価値を守ったとも言えますが、そんな損得勘定からの行動だとは思えないのです。
目先のことだけを考えれば、3人が入店することで売り上げは上がるし、面倒くさくなれば「ま、いいか。今日ぐらい」みたいな気持ちになっても責められることではありません。それを、こうして、しっかり自分のやりたいこと、提供したい店のイメージを守られたということは、勇気のあることだと思いますし、信念がないとできないことだと思うのです。
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